夢見るがんこ姫と時に天才?暴走王子との落ち着かない日々。

栄養士取得後看護師の道へ。ブランク10年からの復職。現在は仕事をセーブし大学で心理学勉強中。病気、子育て、健康、ワーキングママについてのブログです。

ヒルシュスプルング病(ショートタイプ)2009年からの記録⑤手術説明

生後2ヶ月、紹介先の大学病院で1泊入院で腸の一部をとって直腸粘膜生検。

後日、ヒルシュスプルング病のためヒルシュスプルング病根治術目的で入院となりました。

2009/9/10 入院当日はレントゲン検査。

翌日9/11に注腸検査があるため夜は便を出さないように言われていました。9/12レントゲン予定。
入院当日の夜にはお腹はパンパンになってきていましたが、いつもとは違う環境で少し興奮気味の娘でしたがそれでも三時間おきの授乳後はすぐに寝ていました。

2009/9/11 注腸検査当日、検査を終えて医師から検査結果の説明がありました。

便を出さずに注腸検査をしバリウムの流れを見る予定だった。それは病変が腸の下部だけだと思われてもまれに上部まであることもあるため、検査で調べておこうと考えていたが、昨日、便を出さなかった状態ですでに腸の拡張がかなり見られるためこのままバリウムを入れた状態の便を腸に残すと腸炎にもなりやすく検査と安全性を天秤にかけると安全性をとったほうがよいためバリウムは早く出したほうがよい。と。


浣腸して30分ほどで白いバリウム便を排泄。

検査結果は以前の大学病院と同じでした。

9/12 医師から治療、検査の説明がありました。手術に伴い必要となる書類(麻酔の説明、同意書、輸血同意書、HIV抗体検査説明、同意書、特定生物由来製品使用説明、同意書)の説明がありました。

 

腔鏡下ヒルシュスプルング病根治術(ソアベ法)

病状 )ヒルシュスプルング病(ショートタイプ:無神経節腸管が上部直腸まで)無神経節腸管のため一部の腸(直腸)が蠕動せず、そのため排便困難により便秘や細菌性腸炎を繰り返すことになる。


検査、治療 ) 無神経節腸管を切除して正常腸管を肛門部まで下ろして縫合する。

全身麻酔で臍の下に約1㎝大切りポートを挿入。左右の両下腹部に一本ずつポート挿入。

ソアベ法は、神経節細胞がない腸管を一部分残して腸管の切除をします。このときに残す腸管は、内側の粘膜部分だけ切り取り、外側の筋筒だけ残る状態にします。
正常な腸管を下に降ろしてきて、残した腸管(筋筒)の内側に正常な腸管を挿入するようにして縫合する方法です。

手術時間四時間+麻酔時間一時間。

手術に伴う危険性
①出血
②感染←抗生剤投与
③腹腔内臓器損傷(腸管、尿管、卵巣、卵管など)
④肛門部狭窄→術後ブジー
⑤肛門機能障害
⑥気腹(視野をとるためにお腹の中にCO2ガス(炭酸ガス)を入れて膨らませる)に伴う合併症
⑦麻酔に伴う合併症

代替可能な方法(従来法)
①(開腹ソアベ法、デュハンメル法)
②腹腔鏡を用いず肛門部だけで行う


病棟は母子同室だったこともあり、同室患者さんや病棟内で子供たちは友達になっていたり、全国から手術や治療のために付き添いしていた母も母親同士の会話を通して、手術や治療への不安を軽減することができていました。
私自身もそのひとりです。

手術は9/15日、9/12からラキソベロン(下剤)とグリセリン浣腸を続けていくことになりました。

 

 

前向きになることで変われたこと。人生のアンテナ。

毎日決して平凡ではないけれども、きっと意味がある。そう思って新たな壁を乗り越えています。

 

子育てや仕事を通して感じてきたことを無駄にしたくないと思いアンテナを張るようにしています。

 

アンテナを張るようにしていると知らず知らず、人や情報が繋がり、少しずつですが先が見えてきています。

 

10年近く前からやりたかったこと、心理学を学ぶために大学を通うことになりました。いろんなタイミングが合わさり今にいたっています。

子育てで考えることも多くなり、仕事をセーブしました。子育て、仕事をしながら通うのでここまで試行錯誤でしたがようやく一つスタートしはじめたことに感謝しています。


なんでいつも前向きなの?なんでそんなに乗り越えられるの?


周囲からそう言われることもありますが、前向きに考えないと先に進まないことばかりの連続の日々だからこそ、きっと前向きになれているのかもしれません。


辛い時は落ち込むこともありますが、この経験がいつかきっと意味あるものになるよう今は修行の時、そう何事も捉えられるようになりました。

 

独身の頃、看護師になる!とは決めたものの、いざ看護師になってみても新たな目標も見つけられず人生の流れのままに動いていました。

目標がないと壁にぶつかると乗り越えてやる!と思えるような強い意志もないためマイナスにばかり考えたり、焦りが強くなっていました。


看護師3年目の時、新たな環境、一人暮らし、就職先では高度な医療、特殊な科で素晴らしい先輩や先生方の存在に焦りを勝手に感じ、自分で自分を追いこんでしまったことがありました。それがきっかけとなり人生ではじめて自分の精神の限界を知りました。


全国からやってくる患者さん達の中には小さな頃から闘病している方がほとんど、病院を知りつくしています。

いつも優しい患者Aさんから言われた言葉は「看護師で笑顔で仕事している人ほど悩みを抱えてたりするもんなんだよ。あなたは悩みを抱えているんじゃない?」Aさんは長い闘病生活で辛く苦しいはずなのにいつも周囲の様子を気にかけてくれていました。

自分が経験してきたからこそわかることがいっぱいあったのだと思います。

 

ある患者Bさんは「新人は嫌いだ!余裕がないし、業務で終わるからこっちの気持ち、ちゃんとわかってくれない。ベテランも嫌いだ!仕事に慣れているから話しを流すようになる人もいる。中堅が一番ちょうどいい。」そう話していました。患者B さんの言葉に業務に必死で心に余裕のなかった私は納得でした。

 

新人の私がその方のところへ行くといつも怒り、出ていってくれ!そう言われ続けました。先輩からはあの方は悪気はないんだけどね。病院での入院が長いからいろいろと感じることもあるのよ。と話し、私とその患者さんとの話す時間をくれました。

患者Bさんと毎日話していくなかでようやく信頼関係もできはじめ心を開いてくれるようになりました。
「どんなことがあっても最後、自分の味方になってくれるのは家族しかいないんだよ。あなたも離れていても家族を大切にしなさい。」最後にその言葉を残してくれました。

 

私は看護師3年目で挫折を経験しました。今のような踏ん張りがあれば乗り越えられてただろうけどその頃の私には目の前のことしかわかりません。
自分の精神の限界を知れたことでそれからはそうならないようにどうすれば良いかが少しずつわかるようになっていきました。


子育ては辛いからやめたいなんて逃げられません。周囲の理解やサポートは何より心強いものです。子育てを通して私はかなり鍛えられてきたのかもしれません。

だからこそ今は全ては意味あるもの、意味ある経験だと感じ前向きになれています。

 

 

願っているとそのための情報を見つけようと地道に行動していたりします。何も行動しなければ動かないことも何か一つでも動くことでその先に繋がったりします。

 

あとはタイミングだと思って日々アンテナを張るようにしています。

 

 

ヒルシュスプルング病 (ショートタイプ ) 2009年からの記録④

里帰り先の大学病院に紹介となり、

①肛門狭窄

ヒルシュスプルング病

ヒルシュスプルング病類縁疾患

の確定診断のため娘は生後1ヶ月と1日目の時、大学病院に入院しました。

 

午前中に入院し午後から注腸造影検査と直腸粘膜生検をし、検査により出血の心配もあるため翌日に退院となりました。

注腸造影検査(バリウムを肛門から注入し腸管の形態をみる検査です。
おしりから造影剤を入れて行う画像検査です。ヒルシュスプルング病では消化管の動きの悪い部位が細くなり、その上の部位の消化管が拡大します。もっとわかりやすくいうと、風船のように風船の膨らんだ部分と縛ってある部分のようなイメージです。


直腸粘膜生検は、直腸粘膜の一部を採取します。 特殊な染色法(アセチルコリンエステラーゼ染色)で染めた後、アセチルコリンエステラーゼ陽性繊維の増生の有無を顕微鏡で観察します。


ヒルシュスプルング病診断の入院前、退院後も私の心はとにかく早く原因を知りたい、きっとヒルシュなんだろうな。
ちゃんと原因がわかれば納得できる。

だって自力で便もガスも出せずに吐いていたり、飲みも悪かったり、肛門刺激で大量のガスと便が毎日出ているし。
あんなにお腹が毎日パンパンで苦しくて横に寝ると泣いて、なかなか寝むれない娘。

絶対に何かおかしい。今はとにかく結果が出るまでは自分にできることをするしかない。


何かおかしい、けどまだ何がおきているのかわからないという時間はとにかく1日1日がとても長く感じ、不安でした。


今だからこうやって冷静に振り返ることができていますが、当時は毎日がなぜ?なぜ??何が起きているの?そんな毎日でした。

 

数日後の外来受診にて結果報告の時、初診時に診察してくれた医師ではなく、小児外科の教授から説明がありました。

初診時診察してくれた医師は私にママ、ヒルシュスプルング病なんてめったにないから大丈夫ですよ。そう言っていたこともあり、あっ、きっとヒルシュスプルングだったんだな。そう感じました。

 

結果はヒルシュスプルング病、先天性の病気で昔は死につながる病気でもあったが今はお腹を大きく切らなくても技術の進歩で腹腔鏡下での手術も可能となっていることを説明うけました。

遠く離れた里帰り出産だったこともあり、教授からは当時住んでいた東京での手術を進められました。


教授から「小児外科は狭い世界だからね、大丈夫だよ、東京の○○教授は先日も学会で会っているしね、離れていても繋がっているからね。」
教授の言葉はとても温かく、これから先の見えない不安を軽減してくれていました。


私のなかでは今までのわからない不安のほうが大きかったこともあり、病名を告げられたことで先が見え、手術で早く楽にしてあげたい。そう受け入れられることができました。

ヒルシュスプルング病 (ショートタイプ) 2009年からの記録③

 

母乳、ミルクの飲みが悪く、嘔吐も頻回だったこと、ママの血圧も産前は問題なく経過していましたが、産後二時間目から急に高血圧となり症状安静が続き、生後13日目で退院となりました。


退院後より母乳、ミルク、排尿した排便、睡眠などが時間軸でわかる日記を活用していました。


飲みは悪くなり、生後15日目、朝から活気なく母乳を飲まずおっぱいをくわえる程度で嘔吐少量が二度続き寝てしまっていました。寝かせると泣き続け、縦抱っこのほうが比較的泣かずに寝てくれていたのでとにかく縦抱っこで過ごしていました。何かおかしい。何かある。そう不安を感じていました。


出産した産婦人科へ行き、紹介してもらった小児科へ。新生児のためNICUのある病院へ紹介されそのまま紹介先の病院へ。

 

お腹が張っているため肛門刺激とネラトンカテーテルを入れてガスと便を出し、その日は整腸剤のビオスリー処方で帰宅しました。

 

生後18日目、飲みがますます悪く一回に飲める量もかなり少なく一時間おきに飲ませているような状態になり不安を感じ、再び前日に受診したNICUのある病院へ行きました。病院からはミルクや搾乳した母乳ではなく直母だけでどれだけ体重が増えるかを経過見ていくとなりました。

 

娘のお腹はすぐにカエルのお腹のようにパンパンに膨れあがり、自力でガスや便を出すこともできなくなっていました。苦しそうで、苦しそうで1日三回は肛門刺激をしていました。

 

肛門刺激のたびにたまっていた大量のガスと水下痢便がブシューと飛びちるのです。お腹がパンパンだから横に寝ることができず泣き続ける娘。苦しくて泣き続けている娘を縦抱っこであやし続けていました。

 

毎晩毎晩縦抱っこ、一回に飲める量もかなり少ないため頻回の授乳、産後直後から娘と通院の日々。そんな姿を見ていた私の母が「ママが倒れたら大変。お母さんが抱っこしてあげるから今のうちに寝なさい。」そう言って深夜の寝かしつけを私と交代交代で見てくれました。

 

当時、私は里帰り出産をしていました。
私の母親は父親の両親の介護をしながら私の育児を手伝ってくれていました。
何かある、何かおかしい、そんな不安の日々だったため母親の優しさに涙が溢れていました。

 

生後19日目、毎日肛門刺激を1日三回しないと便もガスもでない、横に寝かすと泣き続けている。飲みも悪かったため再び受診しました。

医師からはお腹の張りもあり、①肛門狭窄 ②ヒルシュスプルング病の疑いがあるため次回レントゲンをしそれまでは引き続き肛門刺激を1日三回続けてお腹の張りをとるように言われました。

 

 

1ヶ月健診、体重は増えているがレントゲン結果は腸にガスが大量にたまっていること、腸の下部が写っていない。

ヒルシュスプルング病の可能性もある、検査は大学病院で入院しないとできないため紹介状を作成します。

 

そう言われた時、自分のなかで納得というか、何か異常がある、もしかしたらという不安の日々だったため私はとにかく原因を早く知りたいそんな思いでいました。

 

ヒルシュスプルング病(ショートタイプ) 2009年からの記録②

初産41週3日、 回旋異常で吸引+クリステレル胎児圧出法、体重3762g身長52.6cmで産まれた娘。

 

産前血圧も正常値でずっと経過していたのですが急激なお産が原因だったのでしょうか、産後の2時間目から急に私の血圧が190台となりその後も血圧150台と高めで経過していたため私は内服と症状安静となっていました。

 

生後2日目、ミルクの飲みが悪くゲポゲポ吐いてしまう。便は出ていてバイタルサインも問題ない、初期嘔吐なのかまだわからない、様子を見ています。と助産師さんから話しがありました。

 

生後3日目、初めて母乳をあげました。
私の血圧は変わらず高めの150台。

 

生後4日目、私の血圧150台、ママの様子見ながら日中は母子同室となりました。

 

生後5日目、母乳+ミルクの混合授乳。飲みが悪くぐったりしていました。授乳もイヤイヤで泣き続けていて授乳後はゲポーっと大量に吐いてしまいました。その後も3時間後、6時間後の授乳も大量嘔吐していたため新生児室に預りとなりました。なかなか飲めない娘、授乳時間も1時間以上かかり娘も私もぐったり。授乳後は大量に噴射嘔吐していたため私は不安になり涙してしまいました。

 

生後6日目、娘の哺乳力もかなり弱く、私の血圧もまだ高いためママは毎回搾乳器を使って絞り、その母乳を哺乳瓶であげていくことになりました。二時間おきに搾乳し3時間後おきの授乳なんとか飲んでほしい、そんな思いでいました。

 

生後7日目、娘はずっと寝ていてお腹を空かせて泣くこともなくゲポゲポと吐いてしまう。

 

生後8日目、腹部レントゲンではハッキリとした原因がわかりませんでした。便は出ており吐血などもないため経過を見ることに。

 

 

低たんぱくミルクにて様子見ながら生後11日目で粉ミルクへ。

 

 

生後13日目、ミルクも飲めて、私の血圧120台となりようやく母子ともに退院となりました。

ヒルシュスプルング病 (ショートタイプ)2009年~の記録 ①

 

娘が生後3ヶ月に手術をしてからもうすぐで10年になります。成長とともに腸も成長して本人が日常生活に困ることもなくなりました。

 

ヒルシュスプルング病と診断つく前、ついてからとにかく毎日が見えないことだらけでした。

 

ヒルシュは5000~10000人に1人といわれています。

 

長年お世話になってきた大学病院、受診時、担当医から説明を聞くと毎回納得の説明でとても安心しました。

 

情報が少ないだけにわからないことだらけで先の見えない不安があったことも多くありました。

 

医師は毎回自身の多くの症例数からの経験の結果から娘の状況から今考えられる状況、今後考えられることを丁寧に説明してくれるため受診は毎回不安が軽減していました。

 

ネットで見るヒルシュスプルング病についての情報を参考にし、先を見通しやすかったこともありました。

 

ヒルシュスプルング病、娘はショートタイプです。

 

娘の成長日記や治療、検査説明書を見直していくなかで、ヒルシュスプルング病患者家族様の参考になればと思い改めて詳細を記録にしていきたいと思います。

プリックテスト 食物アレルギー②

血液検査は採血の痛みがあったり、偽陽性偽陰性もあったり、結果がでるのに時間もかかります。

息子は採血結果ではサバは陰性でした。

 

医師から添加物に反応している可能性もあるためプリックテストをしましょうとなりました。

 

当日は検査部位にステロイド外用剤を塗らない。

 

アトピーが一時的に悪化し、抗ヒスタミン薬アレジオン内服していたため検査3日前から休薬指示をうけていました。

 

プリックテストはプリック針でアレルゲンを少量皮膚に入れ、15分後に出現した膨疹径を測定します。

 

今回はサバテストだったので検査当日にサバを調理してひとつひとつタッパーに小分けしました。

 

気をつけるのは具剤ごとにまな板や包丁を洗いもしくは変えてアレルゲンが混じらないようにする。

 

私が用意したのはスーパーでよく見る冷蔵味付けサバ、アミノ酸や増粘剤を使用したサバ味噌缶、食塩だけのシンプルなサバ水煮です。息子は添加物にも反応しやすいので数種類用意してみました。

 

方法は腕の内側に生理食塩水とヒスタミンを対照液に、用意したサバをつけ皮膚を専用の針で軽く傷つけます。

 

プリックテストでは隠れているアレルゲンの検索が簡単にできます。

プリックテストと血液検査はそれぞれ違いがあります。

 

・プリックテストは15分で結果わかりますが血液検査血清IgE検査は結果がでるまでに時間がかかります。

 

・プリックテストは血清IgEでは検査項目にないものもできる。

例えば息子は一歳の時に着色料でどうやら反応してアナフィラキシーになりましたが添加物は血清IgEの項目にないと言われました。

 

・血清IgEだと卵の場合、卵白、卵黄、オボムコイドとより細かく見れます。

つまり加熱卵白は大丈夫だが生の卵白が駄目とか、卵黄は大丈夫でも卵白が駄目とか細かくわかるのです。

 

息子の場合は4歳頃の卵の負荷試験入院まで卵白も卵黄も加熱しても駄目でしたが血清IgEだと数値で出るので卵で症状がハッキリと出てた息子は血液検査数値もかなり高く負荷試験をやっても大丈夫という数値までは生後まもなくの母乳時期からずっと除去していました。

 

 

検査の注意・・・対照液のヒスタミンは痒みがあるため15分、検査部位を子供が触ったり衣服でこすったりしないように注意します。

腕は曲げてしまうと衣服についたりこするので伸ばしたままで。

 

ヒスタミンはあっという間にプクっと赤く膨れあがりました。

確かに痒そう。息子的には蚊にさされより痒い。だそうです。

 

15分後、膨疹と紅班の長径を専用の測定器ノギスで測定します。

 

結果は陰性でした。

 

自宅でもサバを食べてみて発疹でないか見て、調味料などでかぶれなどで反応してないかを見てほしいとのことでした。

発疹が出てもどの程度でひくか。

サバを食べた後、発疹が増えたり、アレルギー反応でるようならまた受診しその時は入院して負荷試験となること説明されました。

 

ひとまず自宅でサバ食べてみましたが今のところ大丈夫そうです。